フル・コスト主義(full-cost principle)
フル・コストとは、製品コストとして、直接材料費、直接労務費のほかに、製造間接費、営業費、一般管理費を賦課した全部原価をさしている。原価計算制度としては、フル・コスト主義は、吸収原価計算(absorption costing)ともいわれ、変動費計算制度であるダイレクト・コスティング(直接原価計算)と対比される。製品の単位変動費は、操業度の変化によって影響されないのに対して、製品の平均フル・コストは操業度の変動によって大きく変化するばかりでない。固定的間接費の配賦は一定の基準によって行われるが、その配賦基準はいずれも恣意的なものであり、今日のように間接費の割合が大きいときは、フル・コストは必ずしも製品の真実のコストを意味するとはいえない。配賦基準を変えることによって、製品のフル・コストは大きく変化するからである。かくて、原価管理では、ダイレクト・コスティングや限界利益率分析がより有効な方法とされている。
次に、フル・コスト主義は、価格決定原理としては、限界原価主義と対比される。それは、予想される正常操業度における製品の平均全部原価を算定し、これに一定の適正利益を加えて、製品価格を決定する方法である。理論的には、平均原価ではなく、限界原価によって価格を決定することによって、需要変動に合理的に適応し、最適操業度の維持に役立つのであるが、実際にはフル・コスト主義価格政策が用いられることが多い。フル・コスト主義価格政策は、(1)製品の需要の弾力性をまったく考慮しなし、(2)競争状態をも無視して価格を決定する不合理性があるし、(3)また共通費の配賦は何らかの恣意的な基準によらざるをえいないという問題がある。それにもかかわらず、フル・コスト主義が実際の価格決定に広く用いられている理由として、次の点をあげることができる。
(1)企業は、利潤極大化を目的とするのではなくて、満足利潤を目的とすることが、フル・コスト主義価格政策にあらわされている。(2)本来、利潤極大化のためには需要の弾力性を考慮して価格を決定すべきであるが、それに対する情報が不完全であるために、企業はフル・コスト主義をとる。(3)限界原価主義で価格の値下げを行うと、今日の寡占状態では、ただちに競争企業の報復行為を受けて価格戦争におちいるかもしれない不確実性を回避するためである。(4)価格競争を避けて、製品開発、広告、販売促進などの非価格競争に企業は専念するためには、フル・コスト主義をとる。しかし、実際には、一律にフル・コスト主義価格政策とるものではなく、適正利益率の算定にも幅があるし、フル・コストを基準として、需要の状態や競争状態を考慮して伸縮的に価格を決定する伸縮的価格政策がとられるのが一般的である。とくに、インフレーションによる減価償却不足や技術革新による設備の早期陳腐化などをフル・コストの算定に考慮することは、実体資本維持の立場から重要である。




