費用論争(Kostenstreit)
1951年にグーテンベルク(E.Gutenberg)の『経営経済学原理』が出版されるや、それは西ドイツ経営経済学界に大反響をもたらし、いわゆる第三次方法論争を惹起するきっかけとなった。この論争はとくに方法問題と費用問題を中心にしてグーテンベルクとメレロヴィッツ(K.Mellerowicz)という当時の業界の二大巨匠によってはじめられ、その後ほとんどすべての学者がこれに参加したといわれる。方法問題は国民経済学と経営経済学との関係に関するものであったがその成果は実りあるものでなかった。これに対して費用問題についての論争は経営経済学における費用理論の発展に大いに寄与した。それは、伝統的費用理論と近代的費用理論の対立であり、具体的には総費用のS字型経過か直線的経過についての論争であった。前者は、メレロヴィッツによって、後者はグーテンベルクによって代表される。
伝統論においては操業度と費用との関係が取り上げられた。操業度を0から増大させていくと総費用は逓減、比例、逓増の形で、いわゆるS字型の曲線を描いて上昇する。このことは、その前提に収益法則(A型生産関数)をおくためである。半ば自然法則的に惹起すると考えられている。これに対してグーテンベルクは、収益法則は工業経営には妥当しないと批判する。そこで彼は多様な費消関数から成るB型生産関数を創造し、新たな費用理論を展開する。グーテンベルクにおいても操業度と費用との関係が取り上げられているが、その解明にあたり彼は「適応」という概念を導入し、この分野に新しい局面を開拓しょうとした。彼によると操業度の変化に対して経営は量的・時間的適応と強度による適応をとりうる。そして彼はどの適応のパターンをとっても総費用は直線的に経過し、伝統論のいうようにS字型にならないことを実証した。
これに対して、メレロヴィッツは、グーテンベルクの主張は総費用の直線的経過に都合のよい前提だけが選択されていること、また量的適応において操業度変動と規模変動が混同されていると批判する。しかし、総費用のS字型経過か直線的経過かは、余り重要なものではなかった。伝統論の枠にあってはグーテンベルクのいう適応の問題は取り上げられないのである。この費用論争においてグーテンベルクが、工業経営における生産技術過程の重視⇒固定設備の技術的特性への反省⇒適応パターンの応用という問題を強調し、それに基づいて経営経済学における近代費用理論の基礎を確立したことが大きな成果といわれている。




